ハニーチュロッキーは、約4年半前にVo.yachiの
「THE YELLOW MONKYのコピーバンドがやりたい!」という
思いを胸に、NIFTYのROCKフォーラムに書き込みをしたときから始まりました。
これに賛同して、メールをくれたのがDrのyasです。
そして、彼はbalというすばらしいベーシストも連れてきてくれました。
同じ頃、こんなに話がうまくいくとは思っていなかったyachiは、
「困ったときのmasa頼み!」とばかり、ギターのmasaに
泣きつきました。「お願いですから、ギターを弾いてくださいませ!」
頼まれると嫌とはいえない、そんな心やさしい
当時「高倉台のキダ・タロー」masaはyesの返事をくれました。
こうして、ハニーチュロッキーの前身バンド「Mystar-D」は誕生したのです。
さて、月日は流れていくのですが、何分皆が仕事を持つ身。
なかなか練習時間も取れず、さらにはライブも全く行えないと言う悪循環と、
思ったよりもイエモンが難しいということで、徐々に暗礁に乗り上げそうになっていきました。
その時、私たちにあるひらめきが生まれました。
「そうや、自分らで曲作ったらええんやんか!」
こうして、初めてのオリジナル曲
「POPSONG」「I can't get your mind」が誕生するのです。
こうして、「Mystar-D」としては最初で最後のライブが行われ、
新たにオリジナルのみをやっていく「ハニーチュロッキー」として、
生まれ変わることになっていくのです。
それからの快進撃は言うまでもありません(?)。
今現在披露していない新曲を含めるとレパートリーは10数曲、
代表曲「恋をしましょう」が神戸のFM局で流されるなど、
当初の予想に反した(?)目覚しい活躍をしているわけです。
そして、2000年夏、私たちは新たなステージを迎えました。
ベースのbalが2000年8月いっぱいで一旦バンドを離れる事になりました。
その後、新しく脅威の双子、anni(bass)とichi(sax)をメンバーに迎え、
honey churockyは第2期を迎えます。
saxが加わったことにより、曲のイメージも変わり、どんどんHardになって行きました。
最初の「グラムロック」のコンセプトはどこへやら・・・。
マイナー調の激しい曲ばかりが増産されていきました・・・。
しかし、去年無事にスペイン修行を終えたbalが再び合流してきたのを機に、
当初のコンセプトである「バカグラムロック」が復活しつつあります。
こんな第3期 honey churockyのすべてをご覧ください。
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